同情と慈愛
もし私たちが、その人の置かれた状況を細部まで知らないで、またその人が何を考えているのかを理解することなく、生半可な理解で同情したりしたら、その人を傷つけることになるでしょう。
その人も、他者が同情して言ってくれるアドバイスにとらわれ過ぎると危険です。強迫観念にまで発展してしまうこともあり得ます。
自分の周囲を同情の言葉で取り囲んで、繭のように安全な世界の中に入り込んでしまう。
そうなると、判断力が正常に働かなくなります。
そのなかで安住していれば、それなりの満足感はあるかもしれませんが、そこから出る努力、自分の問題を打開する努力をしなくなる。さらに闇の奥深くに入っていきかねません。
「繭のような世界」とはつまり、自分自身の内奥をしっかりと見る力、本当に起こっていることを見抜く能力を失うことです。
他者の言うことにとらわれ過ぎて、自分が持っている物事を識別する能力を使わない。自分で判断する努力をしないで、人を信じてしまう。
同情は、その人が抱える問題の根源的意味を考えないで、表面的な部分のみ見て注ぐ愛情です。
慈愛は、問題の根源を理解して的確な対処法を教える愛情なのです。アンマ
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