結婚

地上での人生において、最も重要なのは魂の成長です。そのため行動や営みの良し悪しは「動機」によって為されます。 従って、結婚についてもこうした観点から考えていくべきでなのです。つまり、その結婚によって魂の成長が為されるかどうかが重要なことなのです。 一方、一生を独身で通す人もいますが、より多くの人助けの為に独身を通したいというのであれば、その人生は有意義なものとなるでしょう。 そのような動機から一生を独身で通したいと望むような人は、生まれる前にそう決めてきており、地上の結婚というプロセスを踏んで成すべき魂の成長は既に終了していて、奉仕に専念するために独身の人生を歩んでいるかもしれません。 また独身主義が広まると人類が絶えてしまう。というような心配は無用です。必要な人間は必ず生まれるようになっているのですから。 まだ全ての人が地上での結婚生活は必要ない、というほど成長しているわけではありませんから。 地上に生まれる大半の人々は、やはり地上での結婚生活が魂の成長の一つの道となっている以上、独身主義が全人類に行きわたることはないのです。 しかし、一人でいるほうが気楽だとか、結婚は鬱陶しい。というような、身勝手な動機から独身を通す人は、実は地上での人生における一番大切なものを自ら手放していることになります。どんな理屈をつけても、それは「人生を本能的に生きたい」というだけのことでしかありません。 大半の地上の人間は、利己性が打ち砕かれることが多い結婚生活を通し、成長するものなのです。 さらに子供ができれば、無条件に人の面倒を見る、自分のことは後回しにせざるを得ない生活へと追いやられる時期もあります。しかしこのことが、どれほど魂の成長にプラスとなるか知れません。ですから利他的奉仕を選択した独身以外は、結果的に結婚したほうが良いと言えるかもしれません。 しかしここでひとつ想像以上に多くの人を苦しめている問題があります。 形だけの結婚生活を続けることが、霊的成長の為にはマイナスとなっていることが多いのです。 人目を気にして外側だけ取り繕う結婚生活は、単なる自己保身や見栄であることが多く、離婚も動機によっては逆に不調和であったエネルギーを調和することになります。その際お互いが学びをクリアしていれば、より良い未来が開けるのは当然のことでしょう。  結論を言えば、結婚も離婚もしてもしなくてもどちらでもよく、大切なのはその動機です。 そしてその判断は、魂の成長にとってという基準において、自我意識ではなく、普遍意識からのみできることです。  試練に満ちた結婚生活によって魂の成長を得る人もいれば、逆に、この世的な幸福な結婚によって、魂の成長を得られない人もいるのです。 ただ、ある程度まで霊的進化した人には、成長には試練ではなく、感謝が伴うことがわかってくるでしょう。


DivineSource

人は何かに属すことで安心する傾向にありますが、それは本質からはかけ離れた行為です。 DivineSourceは魂の成長とともに自立した個人を目指します。 そこにはリーダーや組織は存在しません。 思考はエネルギーです。 思考するから現実が起きるのです。 思考が先、現実はあとなのです。 自立したあなたのまわりには、真の仲間がたくさん集まってきます。

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